2018年8月13日月曜日

 時間の使い方を少し変えてみる。ノルマは変えない。水は循環させる。体内に言葉を流れさせる。純度の高い、本質をつく言葉たち。「彼女たち」の言葉が私の身体に流れてあらたに私の思想を形成していく。私の身体には女性の言葉がよく浸透する。

 にごった水を飲むことをみんなは嫌うのに、言葉にかんしてはみんな簡単に飲み込んでしまう。嘘が身体に侵入していくのに無抵抗になる。それで少しずつ彼女たちの精神はむしばまれていく。
 
 私の差し出す手を握り返す人は少ない。嘘を信じるほうが楽だということが本能的にわかるんだと思う。女性の感情を「無価値なもの」とする力にみんな負けていく。激流だものね。それも仕方ないか。肉体に注視してもらって、形骸化した言葉を陳列棚に並べたほうが賞賛される機会は多い。「本」を読めばわかる。形だけとりつくろった、意味のない言葉がたくさん並べられてる。言葉をそれらしく並べてエリートの中に飛び込む人たち。

 「バカみたい」
 「それをやったらおしまいなのに」

 私は思う。それをやったらおしまいなのに。

 自己を肯定されたいという欲求にまけてみんながそこに向かって走る。価値とみなされることが勝利のあかしだと思ってるみたい。そんなからっぽな賞もらうくらいなら魚肉ソーセージでももらった方がまし。

 そう思うと、やっぱりすごいなって思う。世界でたった一人で沈黙を守りながら戦い続けてる人がいる。私はその人が教科書にのるような世界になって欲しいと心底思う。生きるってことの厳しさと、面白さの両方をその人の作品は私に教えてくれる。

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