2018年8月4日土曜日

 まずは1日を、整える。1日の時間をどう区切ってどう使うのか少しずつ変えながら、生活の中に私に必要な言葉をどう溶け込ますかを思考する。

 カントの思考を理解しようと彼が世界をどう「整理したのか」耳を済ます。以前は少しは興味を持てたのに今は関心があまりわかない。カントの思考はツルツルと表面が磨かれている感じがする。

 そういえば私が好きな女性作家はスイスんことを「感性の墓場」と感じていたらしい。
 アインシュタインが勤めていた特許局のあったベルンとう街で彼女も一時期的に生活をしていた。姉がスイスに住んでいるとき、私は「スイスはね、全然行きたいと思わない。綺麗に危険なものが排除されてしまっている感じがする。完璧な安全は退屈。老後にはいいかもしれないけど」と対してしりもしない街について話していた。何を根拠に話したかというと、多分「スイス」という言葉の響きだけ。

 アゴタクリストフも亡命先のスイスでの生活を「作家には耐えがたい」と書いていた。

 昼過ぎに自転車に乗って図書館にいき閉館まで勉強を続ける。図書館の本は読まず、持参した本を少しずつ読み解いている。あと翻訳の勉強も始めた。翻訳は「技術」がいるらしい。帰り道にスーパーによってレタスと牛乳とトマトとドレッシングを買う。
「生活」と「詩篇」をまぜあわせていく作業は案外楽しい。

 

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