2018年7月10日火曜日

 自分が何を感じているのかは、自分の言葉の並べ方でわかる気がする。人の視点に触れたとき、その視点に合わせて言葉を並べ替えるような衝動が私の中にはある。
 
 野良犬気分で生きていて、世界を散歩して知ったことを人々に伝えたいという衝動のみで生きているせいで、女性として生きるさまざまな制約に気づかないことの方が多い。みんなが列を作って女性として価値があるようになる方法を模索しているのに私はすぐに忘れてしまう。

 朝起きて、少し部屋を片付ける。

 自分の精神にはルールがなかなか浸透しない。私の心に残るのは印象ばかりで、論理はまったくといっていいほど根付かない。論理立てて考えて行動するのが苦手で、感情にしたがって生きてしまう。私の右足には大陸のように大きなあざがあり、ひざには転んだ時のみみずばれ。私の「生きる証」。

 記憶はすぐに曖昧になっていくのに、部屋を片付けたら、物語の痕跡のようなものを見つける。自分自身を少しずつ変えていきたいと思えるのはいつも他者を通してだったりする。 

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