2018年6月1日金曜日

 今日は撮影で江ノ島。朝早く起きて、ヒュームの講義を聞きながらしたくをする。姉からもらったフェミニズムの本を読み始める。議題として好きなので、読んでいるのは楽しい。だけど共感はあまりしない。

 ヴァージニアウルフの言葉も、エレーヌシクスーの言葉も、私は「窮屈そう」と感じてしまう。彼女たちの言葉に自由を感じない。言葉の並べ方が自由な人が私は好き。「こういうことを言わなくては」という強迫観念を感じるような言葉には寄り目をしてしまう。
学校でも優等生たちは決まり文句ばかり言って私は大あくび。それよりも言ってはいけないことを言って怒られる人たちが好きだった。

 撮影をしていたら、途中でカメラマンさんがレモンスカッシュの缶をくれた。レモンスカッシュってところがいいなと思う。子供と少し話しながら電車に乗って帰ってくる。子供達は自由だから言葉の並べ方がちょっとおかしい。私も自由な気持ちで話してると、彼女たちはくすくす笑う。
 「帽子は帽子でも食べられる帽子はどんな帽子?」 「んーあめでてきた帽子?」
 「ぶー」「こんな帽子」(といってもぐもぐ帽子を食べ始める)じゃあお母さんに「今日は帽子を食べておなかいっぱいだから、夕ご飯いらないと言わないとね。」と続けるとクスクス笑う。

 言葉は食べ物です。と思う私だから、帽子だって食べ物かもしれない。

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