2018年5月26日土曜日

 無秩序の中を歩いているときはよくわかる。行動を整えるのがとにかく苦手になって支離滅裂に動き始める。1、2、3、4、5と順序だてて考えるのが得意な人たちはとても多いのに私は相変わらず、7、5、1、92000、という順序で考えてしまう。

 スタジオの人たちはとても忙しそうなのに、私のケガのことを気にかけてくれる。奥様は膝を手術しているのに大変そうな顔なんて一つもせずに時々歩きづらいことを話すくらい。社長は三人分くらいの仕事をひょうひょうとした顔でこなしてる。

 エスカレーターに乗って、自分たちの価値が高くなっていくことを当然のように思う「エリート」たちが私は大嫌いだから、そういう人に会うと、高い鼻を捻じ曲げてやりたいと思う。価値だと評価されることがなんだかわかると、多くの人はそれをしたくてしかたがなくなる。綺麗な女の子はより評価されたくて整形して、頭のいい子たちは賞賛されるようなステータスのある場所に移動する。そしてプルルルルル私の電話がなる。
 
「どうしたらいいか本当はよくわかっていないの。」私は一言「ふーん。」(バカみたい)

 私はやりたくないことだけはよくわかっていて、やりたくないことをさけるために漂流していたら、このスタジオにたどり着いた。
それで、「頭がいいとされている」「作家たち」の「思想」を勉強して、疑ってばかりいる。でもこのスタジオの人たちの言葉は信じる。私の傷を見て、心配そうにしてくれる奥様の目には優しさを感じる。言葉を信じるならば、それが真実でなければならない、というラッセルの言葉に共感したけれど、それが本当かどうかを見抜く方法は、目を見つめることだと私は思う。



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