2018年5月14日月曜日

世界史、哲学、フェミニズム、美術、文学、の順番で言葉を頭に入れていく。世界史、の時に脳細胞がとても喜ぶのがわかる。世界の構造を、理解するのが私はとても好きらしい。美術、だけを見つめているとどうしても退屈な気持ちになっていく感覚がある。作家たちの言葉に心をうたれることもあるけれど、なぜか「理屈」よりも不自由だと感じることも多い。
アンセルム・キーファーが、マルセル・ドュシャンが好きだったときいてなんとなく納得する。ヨゼフボイズも確かドュシャンが好きだったはず。ドゥシャン好きのことはあんまり信用できない。なぜかはわからないけど、ドゥシャンを好きと聞いたら私は懐疑論者の目になる。セザンヌを好きといったらパタパタとしっぽがゆれる。
私の母はエッヘン、セザンヌが好きらしい。私にもし絵画をかうお金があれば、セザンヌをプレゼントしたい。クールベは洗練されすぎていて、うちにかざったら絵画が死んでしまう気がする。そういえば、モマに印象主義の絵が飾られていたとき、絵画がつらそうな顔をしているように見えた。居場所のなさを感じるのは、私だけではないらしい。となんとなく思ったのを覚えてる。

 さて、久しぶりに獰猛な感覚が戻ってきた。コンビニで買ったパスタがゴミ箱の中にで異臭を放っていて、ゴミ箱を水洗いした。ボロボロの靴しかもっていないから、きれいなお姉さんに「じっと」靴を見つめられてしまった。みんな靴のお手入れもしているの?
足が汚れないためにはいた靴がよごれないためにお手入れをする。

 時間やお金はいくらあっても足りない。


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